Hiroco の Ano ne
音楽監督・指揮者:馬場浩子 自由ノート

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音楽監督・指揮者の馬場浩子です。

あのね~💕\(^o^)/

合唱について、また時には声楽家として音楽への想いを巡らしている心の内を気のおけない友人にあのね~と呼びかけるように綴ってみるコーナーです。創立7年目をむかえて、HPもリニューアルすることになりました。

「HirocoのAnone(あ・の・ね)」もいよいよこれからスタートです。時々のぞいてくださいね。

さて、記念すべき第1回目の投稿!

まずは合唱との出会いを綴ってみます。

1973年(昭和48)高校生になった私は本格的な声楽の勉強を始め音大受験めざすことになります。個人レッスンで発声から指導を受け、ソルフェージュ(聴音)も習い、もちろんピアノのレッスンにも通う。文字通り音大受験を目標に頑張るごくごく一般的な高校生でした。幸い絶対音感があったので、聴音や新曲視唱には苦労したことはありません。学業と並行して声楽もピアノもかなりの時間を費やして練習に励みました。

私にとっては楽しくて面白くて、学校で学ぶ授業そっちのけでのめり込みました。

でも、そんな私にとって、合唱はもっともっと衝撃的で魅力的でした。

高校入学式のとき音楽部で演奏する校歌を聴いたとき、体育館中響く美しいハーモニーと力強い先輩たちの歌声に私の心はワシづかみにされました。「なにこれ~!!」感動に胸震え、まさにカルチャーショック!!。その日のうちに、入部させてください!と音楽室に飛び込み、大喜びしている先輩たちをみて、自分もなんだかとってもドキドキしたことを今でも覚えています(当時は部員獲得にどのクラブも躍起になっていました)。

のちにこの校歌は谷川俊太郎作詞武満徹作曲というとんでもないビッグなお二人が創られた校歌だということを知ることになります。今でも、母校の校歌は日本一!だと思いますし、誇りにさえ感じています。ほんとうに素敵な作品なんですよ。しかも校歌を混声四部で歌うのです。

願わくばこの校歌を野球部が甲子園に出場してくれて、1回戦だけでも勝利したら、この校歌を全国に流せることができるのに~と儚い夢と希望を持ち続けているのですが、残念ながら未だに叶わないのが現状です。後輩たち!頑張って~(*^_^*)

さて、当時部員は35人前後だったと思いますが、一年生から三年生まで放課後だけでなく、朝練、昼練と時間を見つけては音楽室に歌いにいったものです。

選曲は、邦人作品からポリフォニー、また音楽物語のような作品にもチャレンジしました。合唱コンクールにも私が2年生の時には、学校創立以来はじめて中部大会(朝日コンクール)までコマを進めることができました(その数年後、全国大会までコマを進めることになります)

3年間で印象に残る曲はたくさんあります。

組曲「旅」~かごにのって、行こうふたたび、「風紋」~風と砂丘、ひとつの朝、「筑後川」~みなかみ、「心の四季」~風が、雪の日に、「水のいのち」~全曲。わたりどり、ともしびを高くかかげて。熊のウポポ、「海鳥の歌」~エトピリカ、ロシア民謡(黒いひとみ)、「チュウちゃんが動物園へ行ったお話」。「山に祈る」「蔵王」等まだまだ湧いてきます。

毎日、日が暮れても音楽室に入り浸り、仲間と一緒にとことん歌う!

先輩も後輩も音楽してるときはみなひとつ、喜びも悔しさも迸る情熱も共有してきた…ただ、歌いたいから歌う🎶

これが私の合唱との出会い、原点です…だとさ(*^_^*)

                         by Hiroco

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